2005年04月08日

公共機関について語る

 競争なくして進歩なし。これは地球に生物が誕生して以来、普遍の原理です。過適応した生物(恐竜など)は環境の激変に対応できず、滅びるのが常。それを重々知りつつも、競争のない世界のぬるま湯に浸り、保身のみを考える機関は存在します。一部の独占企業、そして公共機関です。

 競争のあるなし、官民の優劣については学校と塾の関係が非常に良く表していると思います。学校は非常に社会主義的な場所です。いくら頑張って、東大生を何人輩出しようが、教え子がノーベル賞取ろうが、日本の未来を背負って立つ人材を育て上げようが、給料はあがらないという公立学校と、ダメな教員は片っ端から切り捨て、週6日、昼過ぎから夜まで働き、また、優秀な生徒を育て上げれば賞金が出る塾。どちらの方が優秀かはおわかりでしょう。

 それだけではありません。学校は非常に腰が重い。そして制約が多い。習熟度別授業の導入に真面目に取り組もうともしていませんし、授業が終われば教師はさっさと職員室へ戻ってしまう。生徒とコミュニケーションを取ろうとしない。なぜ、学校はあんなに偏差値と習熟度別授業を嫌うのでしょうか?70の力を持つ子供に50の内容を教えることも、30の力を持つ子供に50の内容を教えることも子供のためにはならないでしょう。70の内容と30の内容を教えることが、子供のためではないのですか?学校は落ちこぼれを出さないように、と今の状況を作っているように思いますが、逆に落ちこぼれてゆく生徒は多くなっているのではないでしょうか?

 公務員にしてもそうです。「国民」「県民」「市民」などといった最大の資産、「金の湧く泉」を所持していることにだらけきってガンガン公費を使いまくるのです。余った予算を年末、意味のない工事を強引に行って消費するなど論外でしょう?民間企業ならとっくに倒産しているレベルです。

 何とか、公共機関にも「競争」を導入する必要があるでしょう。民営化できる部分はすべてバッサリ民営化する、とか。政府を2つつくり、税率やサービスなどから選択制にする、とか(これは無理っぽいけど)。競争なくして進化なし。組織票だけで当選するような政治家も実際は「競争」していないでしょう。しっかり投票日には投票に行きましょう。さもなくば日本はつぶれます。
posted by シュンヤ at 19:31| 兵庫 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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